SS<やさしくうたって>

今年初のSSです。




*戴いた拍手コメント、コメントにお返事しました。(4/14)












<やさしくうたって>








市街地から外れた、星空がいつも見える場所にそのスタジオはある。
シンプルな三階建てはワンフロアをいくつかに仕切り、
ロビーにはテーブルセットとソファが程よい間隔で並べられていた。
洗練された雰囲気がただよい、ここが時代を創りだす場所であることを感じる。
そのなかの一番大きなスタジオでミンメイの収録は行われていた。
といっても、ミンメイ以外にここでレコーディングをするプロは、いまのところ、いない。
メガロードからの最初の配信となるのは
スタンダードナンバーを集めたカバーアルバムで、新曲はない。
そんなに簡単にできるものでもない。
それでも人々は新しいものを欲していた。
新生活は希望だけが満ち溢れているわけではない。
期限に間に合わせて作った曲よりも心に残る曲を。
みんなに届けたい曲を。
関係者が各々候補をあげ、その中から選曲し、
感触のよかったものを一枚のアルバムに収める。
古くから親しまれ、様々な場面を彩った曲を20歳のミンメイが歌うと、新しい顔が生まれた。
前にむかって進んでいこうと背筋が伸びるような、
なにか良いものが待っている気配のする世界が広がっていく。
若く可愛らしい娘ならだれでも持っているものかもしれないが、
少なくとも今、この状況ではミンメイのほかにそれを表現できるものはいない。
そしてミンメイも齢を重ね、経験を積めば、
今と同じ空気感を生み出すことはできないだろう。
絶妙なタイミングに立ち会っていることを、かかわるすべての者たちが感じ取り、
最良の状態をカタチにするべく仕事に打ち込んでいる。

ミンメイがふたつの紙コップにコーヒーを注ぐと、
淹れたての、ふわりと香ばしい香りが流れ出す。
音を立てずにサーバーを戻し、両手でカップを持った彼女は、
はい、とテーブルで待つ松浦の前に置き、隣に座った。
休憩なのに誰もいないのは、
大っぴらにできないふたりに周りが配慮、いや遠慮したから。
今のミンメイを取り巻くスタッフのほとんどは、
松浦が身分を明かさなかったころから親しくしていたので、
ふたりには理解があり、温かく見守っている。
メガロード一の有名人のミンメイはプライベートもない状態で、
かなりのストレスがかかっている。
いつかのようにいきなり失踪されてもたまらない、と、
事務所は制限付きでふたりの関係を見守っている。
「今日は何時までいられるの?」視線を合わせてきた彼女が言った。
「あと2、30分かな」彼はコーヒーに口を付ける。
紙コップは難なくつぶせるチープな造りで、
カフェで出される洒落たモノとは違い、持ち心地がよくない。
この建物の雰囲気にそぐわない。
「電話が鳴ったたら、即終了だけど」
「私より忙しいのね」ミンメイは軽く笑う。
「ねえ。レイはなんで軍に入ったの?」
大きくグルグルとよく動く瞳が、松浦を離さない。
「うーん。なりゆき」
「それじゃ、わかんない」
彼女は不服そうに小首をかしげ、ふぅっとコップに息をかける。
湯気はゆらぐが、熱くて口を付けることができないらしい。
「俺もよくわかんないんだから、しょうがない」
ミンメイは口を尖らせた。
「結局、私にはなんにも教えてくれないんだわ」
「そうかな?なんでも言葉にできるわけないだろ」
松浦はイスを後ろに引き、テーブルに足を投げ出した。
お行儀悪―い、ミンメイが眉を寄せる。
へへーんだ、と悪ふざけをした松浦は投げ出した足を組む。
「ほかにすることないから軍にいるってヤツは少なくないと思うな。
俺もそんなもんだ」
「そのオシゴトにあなたは毎日を捧げているの?」
ようやく彼女の意図するところが読めてきた。
ゼンゼンアエナイジャナイ!と、
直球を投げ込んでこないところに、成長のアトを認めるべきか。
「もうちょっとしたら、今より落ち着く」
「あれからとっくに半年は経ちました」
ミンメイは冷静に告げる。ふぅぅっ。もう一度さますためにふきかける。
そして両手で包み込んだコーヒーを飲んだ。
熱っ!と顔をゆがめる彼女を松浦は目を細めて見つめる。
「なに?」
「かわいいなって」
「・・・そう言えば黙ると思ってるでしょう?」
「めんどくせーと思うことのために、わざわざ来ないよ」松浦は足を降ろした。
テーブルに身を乗り出し、ミンメイを覗きこむ。
「お前だけじゃないんだ、我慢してんのは」
つきあいはじめたといいながら、ケータイのメッセージや通話以外でのつながりはなく、
勤務の合間を縫って今のようにお茶を飲めれば上出来で、
彼女が、淋しさや物足りなさから、
ほかの男に心変わりされてもうけいれるしかないと覚悟は決めている。
時間がないのはお互い様、すれ違いも覚悟の上でも、
正論が女の子に通じないことは、自身の経験からよくわかっている。
「私、レイのこと、なにも知らない」
か細い声。瞳が揺れる。
「知ってんじゃん」
強い不満が籠ったまなざしでミンメイは彼を見る。
「何を知りたい?」口角をあげて、わざと彼は訊ねる。
「身長、体重とか?」「そうじゃなくて・・・」「好きなタイプは、リン・ミンメイでーす」
「タイプってことは、似ている人でもいいのかしら?」
「いや、本人でおねがいします」
彼女を見つめたまま、悪びれもせずに言いのける。
彼のペースに乗ってしまったミンメイは表情を和らげた。
「いつもこうやってごまかされちゃうのよね」
「え?正直に応えたのにな」意外だと言わんばかりに彼は足を降ろした。
「焦ることなんてない」
「焦ってない」
精一杯の強がりを、彼女は見せた。
「レイにあげる」両手で包んでいた紙コップを彼の前に置く。
「飲みかけかよ!」
「だって熱いんだもの、飲み切れないわ」
そしてカタンと小さな音を立てて立ち上がると、もう行くね、と扉の向こうへ消えた。

彼は大きく息を吐き出し、残された紙コップを見つめる。
傍にいない恋人なんて、いてもいなくても同じよ。
今はいない『彼女』の声が記憶の底で響いた。
この仕事をしていると、ずっとこうなんだろう。
相手が同業者ならしょうがない、とお互い笑いあえるのだが、
民間人には理解はできても受け入れることが難しい。
秒刻みの予定をこなす彼女なら、と思ったが、
それは彼に都合のいい解釈で、ミンメイはどうやら限界が近いらしい。

さっきまで彼女が座っていた場所に、白いリボンのかかった濃紺の小箱を見つける。
いつ持ってきたのか、松浦にはわからない。
忘れ物かと思ったが、
リボンのついた箱を剥き身のまま持ち歩くほど無神経じゃないことは知っている。
そこで彼は、今日が恋人たちの日であったことを思い出した。
きれいさっぱり忘れていた。
やっちまった、気まずそうに頭を掻く。
するりとリボンを解くと、淡い光をたたえた青い石のついたピアスがあった。

彼は手洗いの鏡の前で耳たぶを引っ張る。
穴がふさがっていないことを確認して、台から取り出したピアスを差し込んだ。
金属が直に触れる、久しぶりの感覚。
『本業』に打ち込む時間が増えていたことをこんなことでも実感するとは、
と半ばあきれながら鏡の中の自分を見た。
黒い髪から見え隠れするピアスは透明な青、
自分では決して選ばない色だがよく馴染んでいる。
違う自分を見つけてもらったようで、彼の心はあたたまった。

ミンメイが消えた分厚いドアを押すと、空気が動く。
顔見知りのスタッフたちは松浦にかまいもせず、グラフが揺らめく計器を見つめている。
間奏のメロディだけが流れる中、
ガラスの向こうではミンメイは集中するために目を閉じ、
軽く体を揺らしながらカウントを取っている。
そして瞳を大きく開くと、松浦に気付いた。
彼は髪を掻き上げる。
ミンメイは花がほころぶように笑みを浮かべ、恋の歓びを歌いだす。
誰もがどこかで聞いた、なつかしさのこみ上げる曲を。

彼女は穏やかな満たされた顔で出てきた。
たった今収録した曲が再生される。
壁際のソファに深く沈みこんだ松浦の隣に彼女は身を沈めた。
のびやかな心地よい声が部屋を満たす。
松浦は目を閉じた。となりのぬくもりにすこし身体を預けて。

曲が終わりかけたころ、彼のケータイが振動する。
「もう、行っちゃうのね」
拗ねるミンメイを残し、松浦は艦長室へ向かう。
彼の場合、メガロードの機密に深くかかわっているので、
行動を他者に説明することができない。
また彼女もレコーディングが始まったら、終わる時間などわかるよしもなく、
お互い様のまま今日にいたる。

ピアスを外しわすれていたことに気が付いたのは、艦長室のドアの前。
かまわずに入室した。
艦長は彼の青い石に気が付き、外すよう命じる。
松浦は苦笑いしながらポケットに仕舞った。
任務の引継ぎをしたのち、踵を返した彼の背中に「すてきね」と声がかかった。

メガロードは就航後、大きな問題もなく毎日が過ぎている。
それでも訓練を繰り返し、望まない『有事』に備えている状態。
街は平穏だし、ブリッジのメンバーもいいかんじに慣れてきて、
このままずっと行ってほしいと願うばかりだ。

日付をまたぎ交代が迫った頃、私事につき二時間ほど遅れると艦長より連絡が入った。
凪いだ時間を過ごして、彼は勤務を引き継ぐべくブリッジを後にした。

さほど長くもない廊下で、松浦は考える。
『なんで軍に入ったのか?』
胸の奥底に様々な感情は入り混じり、一言でさらりと表すことは難しい。
学生の頃、軍にかかわることなど微塵にも考えていなかった。
関わるどころか、
入隊を勧めてくる軍人の父親から逃げきることを命題にしていたといっても過言ではない。
松浦は母親の実家で母と祖父母と暮らしていた。
たったひとりの娘が産んだ、たったひとりの孫。
地方の旧家だったこともあり、両親の結婚の条件は父の婿入りで、
松浦は跡取りとして何不自由なく、特に祖父に可愛がられて育った。
父親は仕事で家にいることが数年に数日、彼にとっては『よくわからないおじさん』。
それなのに自分の進路に大きく口をはさんでくることが不愉快の一言に尽きた。
彼に向けて放たれる皮肉交じりの言葉を思い返すだけでも、
いまだに平穏な気持ちでなどいられなくなる。
そんなところから、だれかに冷静に話ができるほど自分の中で整理がついていない。
浅いゆえに幾重にも重ねられ、深く大きくなった傷は、薄い膜がはってはいるが、
痛みを真正面から受け止めきれるほど回復はしていない。
あやしてだましながらすごしていけば、跡形もなく消えてなくなるのだろうか。

艦長室の前で一度立ち止まり、姿勢を正す。
「松浦中佐、入ります」インターホンで声をかけると、開錠され、扉が開いた。

「めずらしい、隊長もご一緒とは」
椅子から立ち上がり、傍にいた輝に未沙は寄り添った。
それはいつもの毅然とした彼女ではなく、何故自分が呼ばれたのか、見当がつき始めた。
彼の前でふたりはアイコンタクトを取る。そして輝は、松浦をまっすぐに見た。
「ご報告があります」
「ご懐妊」松浦は思ったままを口にした。未沙は耳まで赤く染まる。
「予定日は10月初旬です」輝は感情を交えず、事実を伝える。
松浦は踵を鳴らして敬礼する。
「おめでとうございます」
それに応えた未沙も艦長の顔に戻り、礼を返す。
「ありがとう」
未沙の変化についていけず、輝はきょとんと置き去られた。
とりあえず張りつめた空気に合わせて、背筋を伸ばす。
「この件に関しては他言無用、安定期に入るまで公表はしません。
私が不在の間は、松浦中佐が艦長の代理を務めることになります。
そしてその間の副艦長の代理を、一条少佐が行います」
予想していたことに松浦は深くうなずくが、輝は心外だと傍らの未沙を振り返る。
「異論は認めません。一条少佐は防衛隊の中から隊長代理を務める者を選出するように」
有無を言わさない未沙の態度に、しぶしぶという風情で輝も了承する。
「今回の航宙は試験運転、おふたりが経験を積むのには絶好のチャンスです」
未沙は目を伏せる。
「そういう私も、まだ経験が足りない艦長なのだけど」
「いいんじゃないの」松浦も口調を崩した。
「経験豊富なヤツなんて、この軍にはいない」
三人はおだやかに視線を合わせた。
「なにより艦長に子供が生まれる。移民艦には、大歓迎だ」
「宣伝に使うとは言ってませんからね」
調子のよい松浦の言葉に、輝が釘をさす。
「無理には言わんよ。
でも艦長の不在は隠しておけるものじゃないし、移民艦のメガロードでは明るい話題だ。
市民たちも華やぐ」彼は言葉を切り、未沙にまなざしを向ける。
「おめでたい、いいことだと思います。できる限り、ご協力させてください」
「ありがとう」
未沙は素直に受け入れる。傍らで輝も安心したように微笑んだ。


艦長室を後にした松浦は、ブリッジではなく、自分の執務室に向かった。
他人事とはいえ、慶事の知らせは気持ちを高揚させた。
ふたりが結婚に踏み切るときから見ていた。
結ばれた後も悩み、ぶつかり合い、そしてともに笑いあうふたりが、新しい家族を迎える。
眩しすぎる光に満ちた出来事のように思えた。
その一方で暗い影が落ちる。
あの男も、一条少佐のように素直に喜びを浮かべたのだろうか。
今日はやたらと父親がよぎる。


執務室で雑務を終えた彼は、鏡の前に立つ。
ポケットから取り出したピアスをつけた。
ケータイに残されたメッセージは食事の誘い。
みんなで一緒に、ミンメイが告げる。
彼女の周りに集うのは、彼にとっても気の置けない人々。
迷うことなく通話ボタンを押す。
「レイ、終わったの?直接お店に来られる?」
流れてくる軽快な声に、彼の口許は緩む。
「直接行く。先、始めていて。だけど俺の場所だけ空けておいて」
ちいさな端末から聞こえる声は、彼が自分らしくいられる場所を示した。
「しーらないっ。ふふふ、うそ、うそ!早く来てね」
彼女の背後からは聞きなれた声が彼を煽る。
フレーズがくちびるからこぼれ落ちた途端、次のメロディにつなげてくれる仲間たち。
鮮やかすぎる他人の幸せも、重苦しい過去の事情も、どうでもよくなってくる。

通話を終えた彼は、部屋を後にした。








fin





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非公開コメント

No title

> やまちんさん

たいへんたいへんお待たせしました~(^^ゞ
楽しんでいただけたようで、うれしいです♪
甘いお話も書きたいのですが、なかなか甘くなりませぬ。
さりとてキリリとしたお話も書けないので、
どーする、この中途半端さは!!とあたまを抱えておりますが、
がんばります(^_^)/

No title

> VF-4さん

おまたせしましたーっ。
なんとかカタチに無理矢理したのですが(汗)

そうなんです。
続きと言うより同時進行なのでーす。
気づいていただけてうれしいです。

No title

> ゆばさん

年が明けてから、沼のほとりでぱしゃぱしゃ遊んでいたので、
SSはこれが今年初。あはははーっ(;^ω^)
しばらくこねくり回して、なんとかUPしたのがコレなの。
バレンタインの翌日UPを目指したのだけど、二か月遅れた。

彼がどういう生き方をするのか、
そこにたどり着くことができるのか、
課題は山積みですよ(^_^;)
難しいのだけど、おもしろい。
好きなようにできそうで、なかなかできない歯がゆさよ。

なるべくスピードをあげるようがんばりまーす!
プロフィール

vt-102

Author:vt-102
ぶい、と申します。
30年前、夢中になった
『超時空要塞マクロス』
WOWOWの放送を見て、
当時の思いが蘇って大変中。

戴いたコメントは、すべて非表示にしています。

SSの目次を「SS menu」としてリンクに張り付けました。
ご活用ください♪

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